潜水艦の本格的活躍は第一次世界大戦からとなる。各国の中で逸早く潜水艦を有効利用したのはドイツ帝国であった。開戦直後の1914年9月、独海軍の潜水艦が英巡洋艦4隻を撃沈する戦果を挙げた。ドイツ帝国は航洋潜水艦を大量建造して、英国はじめ連合国に対する通商破壊戦を遂行、連合国商船部隊に大打撃を与え、その威力を世界に知らしめた。やがて、潜水艦を意味するドイツ語のUボートは、ドイツ海軍の潜水艦を表す代名詞ともなった。
一方で仮想敵国である英国も、石炭焚き蒸気タービンにより艦隊随伴可能な高速潜水艦や、戦艦の主砲を搭載したM型潜水艦を建造して対抗した。
大戦初期の潜水艦は水中排水量100t-600t前後で、主機はガソリンエンジンに代わり燃費に優れるディーゼルエンジンが主流となった。航続距離や弾薬搭載量の増加のため、潜水艦は大型化が進み、大戦後期に42隻完成したU81型は水中排水量約1000t、大戦末期に4隻が完成したU139型では水中排水量約2500tの大きさにまで達した。当時の潜水艦は、水上速力15-20ノット、水中速力8ノット、最大潜航深度100m前後であった。
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大戦間期
米国をはじめ戦勝国は独海軍潜水艦を戦利艦として入手し、その技術を吸収した。各国ともドイツ製潜水艦の技術を基礎として、自国の用兵思想に合わせて発展させていく。大日本帝国は、広大な太平洋での艦隊決戦を想定して、艦載機を持つ水上排水量2000t超の大型潜水艦を多数建造した。フランスは、通商破壊戦用に条約制限一杯の20.3cm連装砲塔や艦載艇、捕虜収容施設等を装備し当時世界最大といわれた巡洋潜水艦スルクフ(水上2880t)を建造した。